21世紀、日本茶の新しい扉は開いたばかり。お互いに学び、頑張ろう。そして、もっとお茶を楽しもう。
チャンスがあるなら一番素晴らしいものを見た方がいい。取材であるかどうかを私は気にしない。いつものようにする。それでいいだろう。
ならあの山の茶園へ行こう。そこでお茶を飲もう。君が初めて見た年よりも今年の園は素晴らしい。そういえば、あの園地のお茶の木達はきっと君と同い年くらいの筈だよ。
今はお茶の知識や経験は私に届かないけれど、必ず私以上のことが分かるようになり出来るようになる。
ちゃんと学び、そして、分からない事が苦しくとも、分からないまま諦めずに重ね、今ある部品で仮説を組み上げてみる。そして信頼出来ると思えた人にその仮説を尋ねてみることだよ。尋ねられた者なりの知識で仮説を考えてくれるだろう。それはお互いのためでもあるんだ。重ねた何かが間違っていたら、固執せずにそれを崩す事を恐れないこと。それを繰り返すんだ。何故だろうの気持ちを常に持って。
君がわからないと思ってる以上に、私の方がきっともっとわからないと感じているよ。お茶とは知れば知る程に、わからない事が増えるものなのだから。
私が君に期待しているのは、お茶で君自身が幸せになって欲しいという事しかない。そして、茶を通じて君が君の回りの人、縁がある人を幸せに出来るように。
そのためには協力するし、知識も渡そう。それが先に生を受けて学んできた者の当然の役割であり、生きるということなんだ。
外国人であるかどうかではなく、人としてお茶のことを知ろうとして一生懸命だから私はそうするんだよ。
かつて、先人が私にしてくれたように。
21世紀、日本茶の新しい扉は開いたばかり。お互いに学び、頑張ろう。そして、もっとお茶を楽しもう。
大袈裟かもしれないけれど、人生をかけて楽しめるのがお茶だよ。それだけは間違いない。
※2016年12月18日放送 NHK 「サキどり「日本茶を世界へ!外国人の伝道師」の取材の際に茶園であったやりとりとその様子です。
世の中に売っていないモノを売れたらいいなあ
私は本当に大切で良いモノは、きっと売っていないのだろうと思っています。
値段では無く、親戚や知り合いが「山に行って来たんだよ。」といいながらくれる山の幸
値段分の品質を維持し、年間安定を主軸とした「茶」。カタログ写真に則した製品を納品
年間たった10㎏しか生産量が無い単品の仕上げ茶。焼ける度に明らかに出来栄えの異な
量が少なく、多くの業者さん達のような大きな売り上げは作れない品です。
どれも数十年前には「商品」として売っていないモノでした。
「それしかないの?」
「1個だけ?」
驚かれる方、それじゃあ商売にならないでしょうと半ば呆れた表情をなさる業者さんは勿
作り手の
「大事に売ってくれてありがとう。」
「今度はこんな風に焼けたよ。」
お客さまの
「今年のお茶は甘い味になりましたね。」
「素敵な景色の急須ですね。心惹かれます。」
私の言葉はどちらへも
「ありがとうございます。」
茶業や窯業といった大きな産業の中で、ひっそりと楽しく商いをさせていただけているな
皆さま、ありがとうございます。
良い品を未来に繋げられないのは誰のせい?
「君みたいに話して伝えなくてはもう品物は売れないのかねえ。」
「難しいでしょうね。今のお客様のほとんどが好き・嫌いくらいでしか品物を見ることが
「以前は違ったと思うのだけれどね。」
「数十年をかけて、良い品物を真似た品物が溢れました。漆器みたいに見えるプラスチッ
昔は売る側に商品知識があり、販売時にその品物の良いところなどをちゃんと伝え、顧客
「私自身、販売は大変ですが、いい時代でやりがいもあるなと感じています。動物と同じ
「大変な時代だよねえ。」
「ええ、ホントに。でも、これも順番と役回りなのでしょうね。」
君の名は、香駿。あ、蒼風もよろしく。
来歴:くらさわ×かなやみどり
この一文を読んで、「香駿(こうしゅん)」だね。「70-11-6」だったっけ?などと言える人はお茶に詳しい方でしょう。
品種茶を扱う私にとって「香駿」そして「蒼風」の存在は非常に大きなものです。蒼風の来歴はやぶきた×静-印雑131(静-印雑131はインドから持ち帰った種子からの実生選抜)です。
香駿の試飲などで行われたアンケートにある「やぶきたと明らかに違う。」の感想こそが意味を持ちます。
香駿や蒼風の最初から花や果実の茶とは異なる広がるタイプの香味は、真逆の凝縮された味が香りを生み出すような香味の山峡やおくひかりのような品種にも興味を持っていただける切っ掛けとなりました。
ワインの最初に飲んだ時のアタックが強いタイプと凝縮感がありアフターのあるタイプの比較にも似ています。
最も生産量が多く馴染みがある「やぶきた」を中心として針の振れ幅が大きい事。それは選択肢が2つではなく3つとなる事です。
「静-印雑131」や「ふじかおり」も同様に扱えるのですが、生産量が少な過ぎる事や品質の差が大きい事、いささか苦渋味が大きく日本茶としての紹介には二の足を踏む部分がありました。香駿や蒼風が存在しなければ、茶の品種についてを伝える事に今以上に苦労したはずです。
翻って考えれば、この品種が登場した事によって品種を楽しむ扉は大きく開かれた事になります。製法由来ではない原料の持つ特徴。そして製法の固定が出来ている蒸し製法による製茶。
香駿の品種登録は2000年、正に21世紀を目前にした登録であり、品種茶を提案する新しい世紀の到来でした。
急須が無ければバケツでも美味しくいれてみせるサ♪
以前に「急須が無ければバケツでも美味しくいれてみせる。」と豪語していた知人がいましたが否定はしませんでした。何故なら私にも出来るからです。
急須に蓋がいるのかって!?いるさ!モチロン!!
急須に蓋は必要なのか?
答えは当然「必要」です。特に「良質な茶を生産及び販売
日本茶は園地での栽培、製造、成分、水質などが相まって
「お湯を冷まさなくてはいけない」と言われますが、低い
旨味成分が多く、軟らかな原葉を使用した日本茶の製造工
※恒率乾燥の状態を維持するのは日本茶に限った事ではあ
階層構造のようになっている茶の香味を引き出すには段階
急須を使う場合の「ストレス」はお湯の熱です。闇雲に揺
茶葉に与える熱は「湯温」「湯量」「冷め方」によって決
一杯の茶を美味しくしたいとした時に温度のコントロール
「お茶は解く(ほどく)ようにいれる。」
「お茶は静かにいれる。」
これはお茶のいれ方の基本です。
時計の針を戻すようにお茶をいれましょう。お茶は最後に
お茶とは面白いものですね。
凄いところですね。ここ。
1月某日
「石部さん、やぶきたよりも素晴らしい山峡が有るんですよ。」
「え!?そんなモノあるんですか?」
「量が少なくて今は、無いのですが春に出来上がったら見てみてください。」
「はい。」
※”やぶきた”と”山峡(やまかい)”は共に日本茶の品種です。日本の茶園の約7割はやぶきたが植えられています。山峡は昭和40年に登録された品種でやぶきたを母とします。茶業界では煎茶としては余り好まれていない印象がある品種です。
5月上旬某日
「約束していた山峡出来てきましたよ。」
「確かにこんなお茶見たことが無い。」
「値段はこれです。」
-こんな高い値のお茶を目にしたのは初めてだった。-
「・・・すいません。2キロだけください。」
4月中旬某日
「昨年に買わせていただいた山峡の園地を見たいのですが。」
「え、いいですよ。明日の午後、行きましょう。」
~翌日~
薄暗い杉林につけられた山道を登る。睡眠不足がたたって息が上がる。
「ドスン」
重い物が落ちるような音。
ニホンカモシカの親子と眼が合う。
二頭が 踵を返して林の中へ消えていく。
見上げると山道の上で林が切れて、狭い空が見えた。
「そろそろですよ。」
「はい。」
山道を登りきった先には急傾斜の茶園。これまでの茶園のイメージではない。 大きな親葉、力強い新芽。
「今年は切り生えですね。」
「凄いところですね。ここ。」
園地やお茶についての説明を聞くものの上の空だったのを思い出す。
帰りの下り道。
「あの、この茶園に時々登って写真を撮りたいのですが。」
「多分、大丈夫でしょう。話しをしておきますよ。」
「ありがとうございます。」
「それと、ここの山峡を全量扱いたいのですが。」
翌日、同じ山道を登る自分がいた。
今度はひとり、茶園のほとりに立って園地を見渡す。
「お茶だけでなく、この茶園の様子も伝えたい。ここも摩利支の園地と同じだ。きっと、こんな場所が静岡にはまだまだ有るのだろう。」
そして、この年の5月下旬。標高800mの自然仕立て茶園を目の当たりにすることになる。
2012年。最初の日から12年が過ぎた。今は私が人を連れて園地に来ている。山峡の園地は林道が通るようになって、登りから下りに変わった。生葉の運び出しも索道からモノラックへ。
「足元に気をつけてください」
「はい。」
「凄いところですね。ここ。」
かつて私が口にした同じ言葉を耳にした。 きっと、何を話しても上の空だろうなと思いつつ、息切れをしながら説明の言葉を繋いだ。