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nishikien’s blog

お茶に纏わる事柄をつらつらと。

日本茶の明るい未来

茶業者となりお茶に関して人と話すことが増えた。

そんな中、「私は日本茶をほとんど飲んでこなかったのです。」という方に話を聞くことが時折あるようになった。もちろん、日本人で日本在住の方にだ。

数年前の中国茶のブーム以降、香りといえば烏龍茶や紅茶などのわかりやすい強い香気をいい、製茶に関して知識の無い者がやれ「萎凋香が!」などという難しい言葉を発したりする。
日本人の資格好きからなのか、わざわざ大陸などに行って様々な資格取得に熱をあげる人もいる。そのような方に日本茶について聞くと全く知らないに等しかったり、勉強をしたという中国茶に関してもペーパーの知識と短期間でお茶をこねくり回して飲んだ程度で底の浅さがすぐにわかることが少なくない。試験勉強で覚えた知識を深めるわけでもなく、結局は好きか嫌いか、美味しいか不味いかをグルメのように語っているに過ぎない。その位置から脱している人は極々一部だろう。

茶業者では無く、趣味の世界の話なのでいいといえばいいのだが、「何故、日本茶ではなく海外のお茶を趣味に選ぶのだろうか?」と一抹の違和感をふと覚えた。

疑問を胸の内で反芻し出てきたのは日本茶の業界にいる者としての「自戒」だ。中国茶を嗜好していた知人の言葉でよく聞いたのは「日本茶は美味しくなくて。」だ。茶業者になった頃は何を言ってるのかとも思ったが、今は違う。日本茶の世界を見回すと「その通りだね、申し訳なかった。」という気持ちになる。

日本茶を飲んで好きではないという人の感想は概ね次の通りだ。

1・色ばかりで、香気がすくない。イグサを飲んでいるみたい。
2・胃へのストレスを感じる。
3・どれもこれも似た様なもので、選択肢は価格しかない。
4・特別さを感じる楽しさが無い。
5・急須を使っていれても、詰まってしまいいれにくい。
6・茶殻がべしゃべしゃしていて捨てるのが面倒。
7・お茶について説明を求めても「これはいいお茶です。」などとワケのわからない説明しかない。 などなど。

ごもっとも過ぎて言葉も無いとはこのことだ。(2に関しては海外のお茶にもよく見られるので日本茶だけではない。生産地に関わらず起きうる欠点だ。)

20世紀末から21世紀へ、嗜好飲料の選択肢は広がり、海外からも色々なお茶がはいってくるようになった。前述の1点に該当するだけでも気持ちが離れそうなのに、丸々7点を併せ持つようなお茶に出会ったならそれらを乗り越えてでも、ワザワザ日本茶を飲む理由を探す方が無茶な気にさえなる。
これが今の現状で、しかも既にこのようなことが言われはじめて20年近くが経過している。

では、日本茶とはその程度のものなのか?それは断じてない。最も多く生産されている「蒸し製法の緑茶」は世界的にも珍しい製法であるとともに、特長のある香味を持つお茶だ。 抹茶の原料となる碾茶玉露はもとより(この2種は同じ施肥体系と栽培方法で作られている。)、それらの栽培方法を源流に持つ煎茶も「旨味」をベースにした味のボリュームを持っている。これは日本茶の大きな個性のひとつだ。

必要以上に色を追わず、ちゃんと茶温をあげ基本を忘れずにつくられた「茶」は植物のものではない「茶」としての豊かな香気を発する。これは世界で一番生産量が多い中国の緑茶(炒り製)とも異なっていて比べるものが無く、世界の大量にある「緑茶」のカテゴリーに納めてしまうことがもったいないほどのユニークさがある。

最近、ヨーロッパ圏での日本茶の感想が耳に届くようになった。私が以前に海外でお茶をいれた際には 外国茶以上に水質に左右される日本茶のデリケートさ故に、海外での嗜好品としての展開は難しいのかととも思っていたが、それも個性としてとらえ日本茶にふさわしい水の提案もあわせてすることでファンが増え始めているようだ。

昨今、日本においてあちらこちらで烏龍茶や紅茶製法のお茶や地方茶としての番茶に着目し生産をし始めている。それ自体はいいことだとも思う。私も10年前にイレこんだクチだし、得たものも多い。ただ、そこで作られるお茶は一見、珍しいように見えてもその多くが海外ではゴロゴロしているもので「日本で作られた」という以上のアドバンテージはほぼ無く、海外産のそれらのお茶は安価で良質なものが多いのを知っておくべきだ。

産地の規模、生産量、製茶技術、製茶機械や先達の研究成果などを鑑み、大事にしなくていけないのは新しいモノではなく手の中にあるお茶だ。

おいしい日本茶を作る為の道具も資材も環境もすべて揃っている。ただ、出来ていないだけだ。 自らの都合ではなく、「良いお茶をつくる。」ということに真面目に取り組んだお茶が生産され、相場に左右されない価値を持つお茶が増えることを切に望む。これが出来なければ日本茶の明るい未来などありはしない。