nishikien’s blog

お茶に纏わる事柄をつらつらと。

さくらかおり

桜の澄んだ香りをお茶で楽しむひととき、春はいつでもそこに訪れます。(フェリシモにてさくらかおりを販売いただいた時のコピーです。)

静-7132を扱い始めて17年ほどになります。広尾の日本茶カフェ「蒼庵」にてのメニュー「さくらかおり」の名称を私が引き継いだのは2004年でした。
 
ホームグラウンドの静岡伊勢丹試飲販売で「よく伊勢丹には来ますけれど、このお茶の事は知りませんでした。」のお声をいまだに耳にすることが多い中「桜の香りはともかく、このお茶、美味しいですね。」の感想と共に手にとってくださるリピーターのお客さまもいらっしゃる様になりました。
 
商いとは飽きずに続けることの言葉もさくらかおりを扱っていてしみじみと感じます。

Sakura Kaori
The young tea leaves are red and give off the aroma of Sakura, the cherry tree.The more time passes, the more glamorous aroma comes out.
It is the mysterious magic of nature which only over 30yrs-old trees have.With this tea, the air is redolent of spring.

萎凋、萎凋香を語る浅学

萎凋や萎凋香といったキーワードは魅力があります。私もかつて通った道であり、自らの浅学を恥ずかしくも思います。
 
私は茶業者や茶の関わる人たちが萎凋による花香など表面的な部分に心が奪われている事に気がつけるといいのだけれどと淡い期待をしています。
萎凋によって生まれる製茶の困難さに意識が向かない茶業者が多いのが現実だからです。何が起きているのかを考えもせずに難しい難しいなどとするのは愚かな事です。
 
茶葉内から水分が減ずる事によって何が起きるのか?伝熱の不揃いによって何が起きるのかを考えられたらと思います。
 
萎凋工程のある製茶で欠点が発生し難いのが蒸し製ではなく炒り製であること。芯水を切っていくのに、蒸しムラや殺青不良がマイナス要因であること。芯水を切っていく、恒率乾燥を行う。その為にどんな原葉が必要となるのか。
 
茶種の差はなく「しとり」のある製茶を行うこと。これは基本中の基本であり、その意味が分からないのであればお話しにもなりません。
 
製茶にファンタジーはありません。見えない部分は自らの知見がそこに届いていないに過ぎない事を認めるのが肝心です。

玉露、碾茶、 抹茶

昨年来、玉露碾茶についてを考えていますが特に玉露と煎茶の区別は栽培方法であり、その栽培の環境にこそ茶種の違いがあるのだと思えます。

栽培環境が茶種を分けるのであれば、化学繊維を使用した遮光とよしずや藁を使用した遮光では被覆下の気温(化学繊維下は温度が高く、天然資材の場合は気温上昇が押さえられる。)や湿度も異なるので同様の製品とするには無理があるとするのが正しいのに、それを示せないのはやはり、欺瞞なのでしょう。

海外での抹茶(碾茶)の生産についてのニュースも耳にする昨今、被覆茶の産地の方々にはその点も含めて、明確な違いについてを伝えて欲しいものだと期待します。

そして、どうせ分からないだろうと、粉末煎茶を抹茶と称して国内外に販売するのは余りにも無責任で守銭奴の行為としか私には思えません。

美味しいの罠

ただ美味しいを基準にしない事。子供の頃、初めて食べた物を美味しく感じて、経験を重ねた先に然程ではない事に気がついたこともあるでしょう。
年齢を重ね、その物に対しての期待値が低く、慣れていないもの程、最初の美味しさを必要以上に特別視してしまいがちです。
それは美味しさの罠のようなもの。
沢山の物を口にして来たのであれば、美味しさのその理由を考えられるくらいにはなりたいものです。

可能性

師走。

旅の出掛けにどんなお茶を持っていこうかと思い、自然に手にしたお茶。
 
お茶好きな友人が、私が初めて日本茶を飲んだ年なんですと嬉しそうにしていました。
 
同席した茶に通じた武道家が丁寧にいれたそのお茶はおだやかな風味と共に大切な時の流れを感じさせる一服となりました。
 
日本茶のビンテージを最初に想い描いた事よりも、楽しい出来事が未来にはありました。
 
私は最後に出来たらいいなと思っているお茶の姿はあるのです。理を重ねて重ねて、そして、それらを省けるようになった先に、まあ、お茶でも飲もうと一杯の茶をいれられるようになること。
そして、それが出来るようになった時、自分にはどんな茶の世界があるのだろうかとも思います。
 
その言に、茶道家は喫茶去なのかも知れませんねと。
 

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ティーペアリング

ティーペアリング。数年前に日本茶とフレンチを合わせたりもしたが、やはり、ワインの方がバランスもいいし、無理やり合わせる必要を感じなかった。

さて、私も最近、アルコール耐性が低くなって来たので、この事について再考する事がある。
 
食べて、お茶を飲むだけならペアリングなどと大層な言葉を使わなくとも、アルコールが飲めない人はこれまでも茶類や水を注文していた。その事にただ目を向けさせただけでは、だから何だとなって当然だろう。

新しい提案として目を向けるのは、口中調味と口内においてのドラスティックな変化についてにスポットを当てるのが基本になる。お茶でなくとも構わないのだけれど、それをお茶でやる事にそもそもの意味があるし、意味を持たせる。
 
例えば口内におけるドラスティックな変化の例。カスタードを食べてから熱めのコーヒーを口にして一気に溶けていくのを楽しんだり、ベクトルの同じ香味のシャーベットや果物と飲料を合わせて、印象を加速させたり。
ただ合わせるのではなく、動的な要素を織り込む。
 
結果として、口にした者が美味しいだけではなく、なんだコレとの表情と感想を残すような。ただ美味しいだけでは足りないのだ。
そうすれば、実際に体験したいとの欲求が生まれる。

そして、本当にエンターテイメント性を考えるなら、料理または菓子類を作る者との打ち合わせが必須になり、こんな風に出来ないものかとイメージを伝えて、それに合致するアイデアの出し合いの先に解があるものだろう。
その為には茶を担当する側にも技量が必要となる。その様な者がいったいどの位存在するのか。

と、ここまで書いていて、なんなのだが個人的には実はあまり興味が湧かない。

良質なワインには必ず隙間があって、料理とのバランスや、この肉にはこのワインを合わせないと勿体ないとの気持ちが働く。隙間や分からない数パーセントの部分、これこそが「合わせる」根の部分になっている。
 
本当にちゃんといれられた時の茶はその隙間が無く、完成した月輪のような存在であり、ショー風に扱う事や、合わせたら勿体ない。

私は良いお茶はお茶だけで楽しみたいのだ。いれ方の工夫、飲む器の工夫などまだまだ出来る事はある。

10年後の日本茶

お茶のテイスティングと横文字で書くと、ワインなどのシーンを思い浮かべて、産地を当てたりするようなものの様に思われるかも知れません。

実際には違います。

製茶問屋が行う審査(拝見)は荒茶を仕入れる際に茶以外の異臭(煙臭、油臭、薬臭)が無いか、それらも含めて製品とする時に問題となる部分が無いかの確認です。

相対で生産者が持ち込みで取引するような場合はその場で審査内容から値段を決め、製造に関しての注意や依頼をします。経験が豊富な製茶問屋であれば、次回の製造時における粗揉機の使い方や摘採の指導などもこの時点で行います。

仕上げなどの機械設備を持たない茶業者は製茶問屋からの仕上茶の見本を審査し、自らの扱い茶と出来るのかを判断します。ここでも一番注意をするのは異臭と製造時の不良です。納得すれば仕入れとなります。

私の場合、少々趣が異なって来ます。シングルオリジンの製品が多いので土地や品種のキャラクターがあるのかを確認します。工芸作物作物である茶は形状を保持するオーソドックスな製茶であれば生産者毎の違いは必ずあるものです。園地へ行き、生産者や製造の現場に行く経験を重ねれば、更に違いが分かるようになります。
園地でのチャの様子は生産者毎に違うのですから当然と言えば当然です。

そして、審査の際に考えるもうひとつは何をこのお茶は持っているのか?です。

一杯の茶とする為の元は茶葉そのものであって、その中に無いものは出てくる筈も無い。無い袖は振れないです。では、有るのであればそれはどんな風にしたら特徴豊かに出せるのかを考えます。

喫茶やセミナー、メニューなどに日本茶を扱ってくださる取組み先諸氏への情報提供や催事などでお茶を上手にいれたいや、こんな風味のお茶を飲みたいとするご希望に合わせるのに必要な審査です。
私が商いを始めた頃、この様な視点でお茶を見る業者はいませんでしたし、今でもいないか極少数でしょう。何故なら経験に加えて、お茶をいれる事、茶器に関しての興味と知識、香味の理由を理屈で考える事などが必要であって一朝一夕には出来ないからです。そして、出来たところで何よりもお金になり難いものなのです。

20年近くこの様な仕事をして来ましたが、これらの積み重ねの先で、私などよりも優秀な取引先が仕事としてお客さまに喜んでいただけている様子を見ると続けて来て良かったなあと思います。
次の階段は私の立ち位置での審査のエッセンスがお茶を見る事の面白さとして一般の人にも広がっていくといいなと夢想します。

日本茶を取り巻く環境は大きく変わろうとしていますが、10年後にもっと世界の人が日本茶を楽しめているように。
その種は確実に蒔かれています。